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ニューズレター(第6号)

学生リレー日記 第6回 Kへの手紙

K君に最後に会ってからもう随分経つ。全然会話ができないままですまなかった。

君も聞いているだろう、法科大学院の話を。そしこの春、大宮法科大学院ができたことを。

ぼくは、そこに働きながら通うことになった。今日はその話をしようか。

 

1.あの頃を振り返る ~バブルのあとさき~

ぼくらが法律にはじめて触れたのは、ついこの前のことのようにも、随分昔のことのようにも思える。あの頃、ぼくも君も理想主義がかった、ちょっと気負った学生だった。ただ、学園生活には、物足りなかったことも沢山あった。大教室での無味乾燥な日々しか与えられなかったことだ。大学に入ってもまた引き続き予備校に通わないといけないのか?民訴の A 先生みたいに指導熱心な先生もいたが、結局要領のいいやつだけが司法試験に合格して上に上がっていくのかな?懐疑を抱きながらも、大勢に流されたあの頃。そしてバブルがはじけた平成…。夢もそれと共に色褪せていき、君は学究の道へ、ぼくは実社会へ。何かを諦めることと引き換えに大人になっていったつもりだった。…そして、幾つかの春秋が訪れては過ぎていった。

 

2.西暦2004年の日常

この春、十数年ぶりに学生の身分を得た。その場が、この大宮法科大学院だ。この大学院は、二弁の実務家の先生方が中心になってできた処だ。ぼくも企業で法務関係を担当するようになって随分経つが、そんなぼくにも、この大学院は想像もしていなかった刺激でいっぱいだ。大宮駅前・ソニックシティから見えるところに、急ピッチで新校舎の建設が進んでいる。来年の春には、ぼくら1期生も新たに2期生を迎え、ここで学ぶことになる。

  西暦2004年の日常

ぼくの最近の一日の話をしよう。朝 6 時前に起き、ざっと汗を流すと、 6 時半過ぎには新校舎に程近いこの部屋を出て、駅まで早歩きだ。何より、重たい教科書類等を抱えて歩くのがきつい。電車で数十分。乗客が大きく入れ替わる駅からは腰掛けて、不足気味の睡眠を補うように、ウトウト。日によって、課題を考えたりテキスト・レジュメを読んだりもするが、そうこうするうち目的地に辿り着く。横浜市内の職場まではあっという間だ。古びた事業所の門をくぐれば、会社人としての一日の始まりだ。契約書のチェックと相談、知財権に関する委員会。お昼は事業所の人たちの中に入って、地下の巨大な社食で週に一度のカレーライス。午後は監査の準備、それから今度の社内法務研修用の教材検討会と、慌しく一日が過ぎていく。夕方は周囲に気遣いながら退出。できるだけ仕事が定時後に食い込まないように調整しながらの毎日だが、ぼくのようなぺーぺー一人ではスケジュールを決められず、やむをえず授業に出られないこともある。ただ、学期中の欠席回数には制限があるので、それに引っかからないよう、できるだけ調整に腐心している。でも一旦電車に乗ってしまえば、横浜駅からも約 70 分でもう大宮だ。随分便利になったものだ。電車内では、同業他社勤務の同級生・ I さんとよく遭遇する。が、談笑もそこそこに互いに黙々と勉強しつつ北上。大宮駅からは更に仮校舎まで西武バスで数分の道程。これでようやく仮校舎に辿りつく。そして急いで夕食を今度は大宮法科の学食でかき込む。夜間主学生にも、時間的余裕が比較的ある者とそうでない者がいるが、ぼくのような駆け込み組はいつもこんな調子だ。そして、 19 時 30 分から 100 分の講義が始まる。

 

 

3. practice 、 practice 、 practice…

契約法を担当する弁護士の S 先生はぼくと同じくサラリーマン出身。それだけに夜間主をはじめとする有職学生にはシンパシーを持ってくれている(ぼく自身、前の勤め先が先生がお勤めだった会社と非常によく似た会社だったので、親近感を持っている。)。だが、だからこそなのだろう、何しろ講義は厳しい。サラリーマン出身らしく無駄の一切省かれた、合理主義の極致のような講義だ。昼間にどんなに上司に打ちのめされたり、仕事での失敗を心に引きずったりしていようが、そんなことは関係無しに容赦無い。いつ指されるか分からない。準備不足は shame 。そして毎週厳しい小テストで知識と法的思考の確認。片時も緩められない緊張感の中であっという間に 100 分が過ぎる。その後も講義の復習・予習を閉館時間ギリギリまでやって、ようやく帰路に着く。毎日睡眠時間を削りながらの激闘だ。しかし、不思議と体を壊さない。緊張感が心地よい。仕事にも張りが出てきた。時々、医師の U さんとは冗談を言い合っては気を紛らわせている。実に贅沢な毎日を送っている。

 

 

ここの同期生たちは様々な経歴を持つ。言わばキャリアのカタログのようなところだ。医師、弁理士、会計士、研究職。 SE 、広告マン、商社マン、公務員、予備校講師・・・。ぼくも大学卒業以来、いろいろな世界を見てきたが、これほどバラエティ溢れた顔ぶれが毎日のように一度に顔を合わせる環境はちょっと他に無い。こういうのを梁山泊と呼ぶのだろう。異業種交流会などと呼ぶのは失礼な話だ。皆プライドと才能、そしてエナジーに溢れている。人生に幅のある人達の集団。ぼくは法学部出身で法務担当のペーペーでしかない。悪く言えば、法律知識以外は一般的なサラリーマンとしての属性だ。それも、甚だ中途半端な出来でしかなく、何か他の分野を究めてきた人達の中ではちょっと肩身が狭い気がしないでもない。ただ、勤め人にも勤め人としての根性とプライドがある。誰の前でも、決して卑屈になったりはしていない。いずれにしても、他分野のプロフェッショナルが沢山いることは、実に面白い。例えば、医師資格者・弁理士資格者ひとつを取ってみても、それが一人ではなく何人かいるため、医師や弁理士の世界についての話も、一面的な情報だけでなく、常に複眼的視点を以ってぼくの所に入ってくるのだ。これは非常に贅沢な環境である。こんなふうにどんどん世界が拡がっていくのはこの大宮法科ならではだ。

人間というのはややもすると視野狭窄に陥り、独り善がりになるものだ。自信を持つのは結構だが、その反面で唯我独尊になっては正しい判断もできなくなる。人生経験を経てきたり、中途半端に優秀だったりすると余計にそうなるものだが、ここにいると、いろいろな発想を知ることができ、自分の狭さ・小ささがよく分かる。お蔭で井の中の蛙にはならないで済みそうだ。逆に、自分の経験してきた世界をできるだけ仲間たちに還元していくことがぼくの義務でもあるのではないかな、そうも思っている。また、普段接触の少ない昼間主の学生の中には社会経験の無い若い人もいるが、そんな人たちにとっても、ぼくらの体験談を通じて様々な世界を疑似体験して見聞を広げ、視野の広い法曹になってくれるかもしれない。そのための材料を少しでも提供できれば、幸いこれに過ぐるものなしだ。

 

 

9 月からの 1 学年後期のトピックは、実務科目の先陣を切って「 LRW (リーガル・リサーチ・アンド・ライティング)」と略称される「法情報調査・法文書作成」という科目が始まったことだ。担当教授は二弁の若手エース級弁護士・ T 先生だ。実務家の方による科目だからか、法律学習について改めて気付かされることがままある。今まで大教室で無機質にしか聞こえなかった法理論、論点・争点。書物の上の話や机上の空論にしか見えなかったこと、それが何のための議論だったのか、法的知識が紛争実務の中でどう生かされることになるのか。それがありありと分かる。生きた法、血の通った法の姿が見える。

そしてこの講義は 50 名の夜間主学生を更に二分割してのこれまた双方向だから、教授や他の学生が何を考えているのかがよくわかる。毎度の自分のプレゼンの貧弱さ、中身の無さも胸に痛い。何より、当事者・依頼者の立場になって考えることではじめて、法の解釈も運用も的確にできるようになる、ということが改めて身に染みる。だが、認識は始まりに過ぎない。大事なことは自分の血肉にすること、自分自身の中に取り込むことだ。法理論とその運用。理屈だったものが、自分の中では理屈でなくなって、自分の感覚に自然に染み付くまで、 practice 、 practice 、 practice …だ。 LRW が始まって、民事紛争の何たるか、そして民法の要件・効果の発想が実務でどう生きているのかが少しは見えてきているようだ。しかも、この調子で企業法務、刑事実務と実務訓練が続いていくのだ。

そして何よりも改めて実感させられることは、今からプロとしての意識を以って課題に取り組むこと、それこそが実務家を目指す法の学習において何より必要なものだということだ。卑しくも企業法務に関わる者として、本当に今更恥ずかしながらなのだが・・・。

いずれにせよ、こうした実務科目は、来期以降更に拡充される形で展開される。今から楽しみだが、まずはこの厳しさに喰らい付いていくことがぼくらにとっての大前提だ。

 

 

4.法化社会へ ~秋の夜空に賭けて~

仕事と勉強と日常と...。日々に追われているぼくも、時折昔を振り返ることがある。そんな中に、時々君も姿を見せる。青春の風の中、ぼくらが見たあの夢。それから約 10 年。日本社会も激動の中、「失われた 10 年」を過ごした。この世の無常を、君はどう見ているだろうか。かつては信じられなかったような企業統合。兇悪な事件も、随分多発した。ぼくらの私的な身の上にも、様々なことがあった。病に倒れ、生きる苦しみを知り、実らぬ恋に胸を焦がした幾つかの夜。ままならぬ世間。…そして別れ行く悲しみ。幾星霜の歳月を経て、酸いも甘いも噛み分け、なお改めて自分が夢のきざはしの途中にいることに気が付いた。

この何年かの苦しくつらいことの数々も、そのお蔭で、むしろ「日々が希望と共にあること」に気付かせてくれている。自分自身、そろそろ四十の声を聞こうという頃合で、大学院でもすっかり年長組かと思っていたが、まだまだ人生の先輩は大宮にたくさんいる。誰もが誇りと希望とを携えてここに来ている。ここで、持てる力を花と咲かせようとしている。

法律は大人の学問だと言う。かつて青かった、そして今なお青いぼくだが、この何年かの中で、少しは法を学ぶ資格を持つ、「大人」になれたのだろうか…。

 

君が眠る大宮に久しぶりに戻ってきたというのに、すっかりご挨拶が遅れてしまってすまなかった。もし今君に会えたら、君はぼくをうらやむだろうか。あるいは、全然話に来なかったぼくに怒っているだろうか。今なお夢にもがくぼくを見て、相変わらず不器用だね・・・と、明るく笑うのだろうか。

 

コーポレート・ガバナンス。君の遺稿の中にあったテーマだ。あの頃、殆どの社会人がまだよくは知らなかったこの言葉を、最初に教えてくれたのは君だった。この言葉が、今如何に重い意味を以って企業社会の中で取り沙汰されていることか。当時のぼくには想像もできなかった。君が時代の先端を行っていたことが、今にして分かる。君は知的財産権や人権問題にも関心を寄せていた。個人情報の保護、職務発明のあり方・・・。企業と個人との間の幸せな関係は、未だ容易にはその姿を見せない。企業の中で、創造とは何か、また、人権とは何か、改めて正面から向き合わねばならない時代が来るのを君は予見していたのだろうか。君は、早過ぎる問題意識と共に、早過ぎる青春を一気に駆け抜けて去って行ってしまったのだ。

君が考えていたような問題意識を抱く社会人にとって、ここは一つの理想的な学び舎なのかもしれない。…ぼくは今度こそようやく理想の学び舎にたどりつけたのだろうか。

 

 ・・・理想の学び舎は、ぼくらが自らの努力で作り上げていくものなのだろう。至極当たり前であるはずの実感もまた、ここにある。青い鳥は自分の中にいるものなのだと。

 

大宮でロースクール開校と聞いた時、「君が達しえなかった数々の想い、そのうち一つくらいは代わりに俺がやってやろう。」そう改めて思ったわけだ。ぼくの人生は、あくまでもぼく自身のものではあるが、友として、君と君の志を忘れてはいない。

君がぼくに虫の報せを伝えにきたあの晩以来、ずっと考えてきたが、非力なぼくにはなかなか辿り着けないことであった。君が最後の論文の執筆をするに際しても、当時金融の世界に身を置いていながら、助けになる資料の一つも提供できずじまいだった後悔を、今はせめてもの力にしている。

 

 駅前から西へ向かう目抜き通りの先に、新校舎の建設が着々と進んでいる。夜空に浮かび上がる法科の塔。ぼくらのこれから数年間は、きっとまた茨の道だろう。相当の苦難が待ち受けていることは想像に難くない。しかし、今はせめてこの新校舎に賭けて、ぼくらの未来、社会正義追求の夢の実現を祈りたい。

 

K 、ぼくはここで出逢った師・同志たちと共に、法化社会を担っていくつもりだ。時々悩んだ時には話を聞いてくれ。ずっと友達だと、そう思ってきたのだから・・・。それから、時折、大学院の話もしよう。もちろん 4 年後の勝利の報告もちゃんとしに来る。約束だ。

・・・それですら、きっと第一歩にしか過ぎないのだから。

 感謝と祈りをこめて   K へ

 

 

HM

夜間主4年制、法学部卒。金融業界で投融資・ディーリング・中央官庁出向のほか、国際法務担当を経験した。現在は IT 関連企業で法務・コンプライアンスの職につく。新司法試験合格後は、インハウスロイヤー的立場に立つことを前提に、企業と個人との幸せな共存関係を模索したいと考えている。社会経験のある金融・知財権の他、自身や友人の入院体験から、医療過誤・医薬問題、また、法教育、エンターテインメント、信託等と関心と夢は拡がっている。法律家は法を切り口に社会のあらゆる分野に切り込んでいけるので、大宮でのネットワークを将来活かし、多様なスペックの同窓生全員で日本の法化社会をリードするのが夢。

 

~この日記が掲載される頃には、もう今年の面接試験が実施されている頃だと思います。面接受験者の皆さん、また、来年度に大宮を目指す皆さん、大宮でお待ちしています。一緒に頑張りましょう。~

 

 



編集後記

2日間にわたる面接考査を終えました。出願者数は昨年よりも減りましたが、未修者のみをターゲットとして3年間で鍛えあげるという本学のポリシーに共感した出願者の方々と、充実した対話をすることができました。弁護士会が積極的に支援しているということを本学選択の理由とされた方が多いことを改めて感じ、実務家教員として担う責任の重さを痛感しています。

2004.10.17広報委員長 田中 宏

 


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