【学内刑事クリニックを履修して】感想1
1.履修前の期待と実際
履修前、クリニックに期待していたのは、「実際の事件に触れて、弁護士の生の活動を体験すること」でした。
一方で、クリニック活動自体が刑法や刑事訴訟法の(とりわけ司法試験を意識した)勉強の役に立つかどうかについては、あまり期待していませんでした(期待して裏切られても嫌なので)。特に、刑法については、教科書に書かれているような、言い方は悪いですが「ありそうもない事態を想定した理論的な議論」が、実際の事件で問題になるとはとても思えませんでした。
実際にやってみると、「実際の事件に触れて、弁護士の生の活動を体験すること」は当然期待通り(かそれ以上)に満足されましたし、刑事実体法・手続法の学習にとても役に立つことがわかりました。どのように役に立ったか、以下に整理してみます。
(1) 条文や基本書を読む。
先生がリードして下さったこともありますが、事件に対する対応を検討するにあたって、条文や基本書を自然に読むようになりました。
実際の事件では、事件の進展状態に応じて、「今、何をしなければならないか」ということがあり、多くの場合、それは法律の規定に従って手続を踏む必要がありますので、どのように手続が規定されているかを知らなければなりません。そこで、ごく自然に六法を開いて条文を探し、その条文がどのように理解されているのかをコンメンタールで確認し、その手続の周辺にどのような議論がされているかを基本書でチェックする、という習慣がつきました。
実体法についても、依頼人たる被疑者・被告人の利益を最大限に図るためには、裁判所にしてもらいたい認定がなされるように、実体法上の構成を考えなければなりませんので、同じように六法、コンメ、基本書を開くようになりました。
実体法・手続法のどちらにも言えることですが、裁判所がどう処理するかを無視しては被疑者・被告人の利益は図れませんので、判例・実務がどうなっているかも当然に調べるようになりました。
(2) 事実に着目する。
事件に取り組む場合、捜査機関の収集した資料への依存がどうしても多くなります。また、被疑者・被告人から話しを聞こうにも、身体拘束されている場合(ほとんどの場合がそうですが)、ロー生は秘密接見を認めてもらえない実務となってしまっているため、先生が秘密接見した内容を聞くしかなく、被疑者・被告人の生の声を聞くことはできません。そこで、調書を読んだり、先生からの話しを聞いて、どのような事案なのかを自分の中でイメージしていくことになりますが、この作業は、司法試験で求められる「事例を読んで問題に取り組む」ことと重なり合うものだと思います。しかも、試験と実際の事件とでは、不必要な情報が混在している比率がまったく違いますし、事件では解答が存在するように作られているわけでもなく、ヒントが隠されているということもありません。そこで、調書等を読んで「何かないか」と考えていくことになり、些細な記述にも注意を向けるように訓練されていきました。
(3) 根拠づけ・主張の構成を考え、文章化する。
事件では、「被疑者・被告人の身体拘束を解く」とか「被疑者が不起訴になるようにする」とか「被告人が無罪に、それが無理なら執行猶予に、それも無理ならできるだけ軽い刑に、なるようにする」といった弁護活動の目的の達成に向けて、いろいろは手段を考えますが、いずれにしてもその根拠をきちんと示し、論理的な主張が構成できるようにしなければなりません。この作業は試験問題への向き合い方と共通する部分が多いと思います。試験で「罪責について事実を示して論ぜよ」と問われるようなケースは典型的ですが、事件ではまさにそれを実践し、申立書や弁論の起案をすることで実際に文章に起こしますので、かなりの訓練になったと思います。
2.履修の負荷・面白さ
履修の負荷は、一週あたり「セミナー2時間、その他6時間」ですが、セミナーは土曜の1限に出席することで満たされますし、扱っている事件が公判となれば、公判の傍聴とその後のミーティングで1時間や2時間はすぐに充足しますし、さまざまな書面の起案と、その起案をするための記録読みや基本書チェック等を必然的にしますので、自然に上記時間要件は満たしてしまいます。
そうした活動が「大変か」という点ですが、「自然に」と書いたとおり、負荷がきついと感じたことはありませんでした。先生も、各学生が異なる事情を抱えていることに相当の配慮をして下さいますし、先に書いたとおり、活動自体が司法試験の勉強の役に立ちますので、負荷の心配は不要だと思います。
面白いか、という点については、自信を持って「然り」とお答えできます。弁護士になろうというのですから、クリニック活動が面白いと思えないようなことはあり得ないと思います。
(牛木純郎)夜間主3年
【学内刑事クリニックを履修して】感想2
1.刑事訴訟法、刑法の論点の復習になった
履修する前は、「実務」が実際どんなものであるかよくわかっていなかったと思いますが、漠然と、クリニックではもっと「実務的」なこと、すなわち、裁判所へ提出する文章作成等が中心になるのかと想像していました。けれども実際は、刑事訴訟法、刑法で学んできたことを復習する機会となりました。この半年間で扱ってきた事件で関連のあったものは以下のようなものです。・・・正当防衛、過剰防衛、誤想過剰防衛、器物損壊、公務執行妨害、詐欺、窃盗、キャッシュカードの財物性、接見交通権、勾留、保釈、抗告・準抗告等の不服申立、自由心証主義、証拠能力、伝聞法則、伝聞例外、など。
2.実務の実情を知ることができた
上記1に触れたことも学びましたが、当然、準抗告、弁論等の文書案を作成する機会もたくさんありました。なにせ現実の事件であり、現実の被疑者、被告人の身体拘束が解かれるかどうか、量刑がどれくらいになるかに結びつくかもしれないと思うと、どのようなことを書けばいいのか、刑事訴訟実務でやった以上に真剣に考える機会となり、身に付くことも多かったと思います。また、弁護側の準抗告等の不服申立に対し、裁判所がいかに固い考えを持っているかというくやしい現実も実感しました。
3.人や社会がよく見える
法科大学院の学生としての生活はある種恵まれた生活で、かつ、家庭や勉学に追われ非常に限られた人間関係の中での暮らしとなり、社会には多様な人がいるのは当然で頭ではわかっていても、その現実に直面したり想像することすらなく、この2年近くを過ごしてきました。そんな時、クリニックで受任した事件を通してでなければ知ることのなかった人たちと事件に至るまでのその人たちの人生の一端を知ることになりました。社会には苦しい生活でも必死に生き、思ってもいなかった逮捕・勾留等を耐え抜いている人たちがいることを目の当たりにし、自分の狭い考え方やものの見方を見直すきっかけとなったと思います。
3.試験対策と比べても貴重な体験だった
クリニックに関心があっても、具体的な司法試験科目の勉強に力を入れたいから履修を躊躇するという感覚もあるかと思います。しかし、上記1に書いたように試験勉強にも充分役立つ部分があります。また、3に書いたようなメリットも充分履修に値するメリットだと思います。しかしそのようなことは、別に今でなくてもと思われるかもしれません。けれども、せっかく履修科目として設置されているものを利用しない手はないでしょう。
後でできることは後でしてもいいのですが、人は日々経験することにより刻々と考え方などを変化させながら生きています。従って、後で経験する事からどんなことを感じ学びとれるかということも、今、経験し考える事から影響を受けます。そういう意味で、今、せっかくやれるチャンスのあるものは今、やっておくことが大切だと思います。
(船波恵子)昼間主3年
【学内刑事クリニックを履修して】感想3
1. ヴァーチャルな世界からリアルな世界へ
クリニックを履修する前、私は刑法と刑訴法に対して何となく苦手意識を感じていた。学説や判例で議論さ
れている問題の意味を具体的に理解できていない気がしていた。何がそんなに問題となるのか?それまで仮想事例や判例の中で検討した「論点」を、現実の世界で考えればもっとわかりやすくなるのではないか。このような思惑のもと、クリニックを履修することに決めた。
クリニックでは、当然だが、常に現実と向き合うことになる。まず、時間が気になるようになる。例えば、勾留期限、公判期日はいつか、それに伴って、何時どんな行動をとるか、どんな書面をいつまでに作成するか。そして、身体を拘束され、日常生活から突然切り離された被疑者・被告人が置かれている状況を考えるようになる。秘密接見を終えた萩原先生の言葉が、現実のものとして私達に迫ってくる。被疑者・被告人は今、このような状況に置かれ、このようなことを主張している。だとすれば、私達は何をするべきか。
2. 「事実」の重み
準抗告、保釈請求、最終弁論などにおいて、何を主張するにも必要なのは、説得力のある論理とそれを基礎づける「事実」である。これは、試験における「規範の定立→あてはめ」というのに似ている。
ところで、クリニック活動で中心となった作業は、検察から開示された証拠を丁寧に検討し、被疑者・被告人や関係者から聞き、そこから被疑者・被告人に有利・不利になる「事実」を抽出することであった。クリニックを続けていると、この「事実」の重要性を実感するようになる。裁量保釈が認められたときは特に、判決を聞くときはいつもそうであった。そのようなわけで、自然と員面調書や検面調書に現れる表現に敏感になっていったし、関係者との打ち合わせの際も注意深く話を聞くようになっていった。
また、裁判所が検討する「事実」には事件そのものに関する事柄だけでなく、事件発生後、弁護人が弁護活動の中で積み上げてきたものも含まれる。例えば、反省の情や身柄引受けの約束など。このようなことは、ヴァーチャルな世界における勉強ではあまり見えてこない。
3. 読み手・聞き手を意識するということ
クリニックではさまざまな文書を起案した。これらの文書の目的は、結局、裁判官を説得するところにあると思ったので、起案の際は、常に裁判官の判断を意識した。どのような論理で、どのような事実があれば納得するか、似たような事案を扱った判例はないか、あればどんな判断をしているか。
自ら起案した文書が先生に採用されれば、自分の主張に対する裁判所の判断を直接知ることができる。だから、採用されたと知ったときは、自分の考えた主張について、裁判所がどのような判断をするのか楽しみであった。しかし、自分の主張がことごとく退けられていくのを聞いて寂しい気持ちになったのも事実である。
4. 最後に
クリニック活動を通して、自分の中にいろいろな変化が起きていることに気づいた。まず、だんだん「被疑者」、「被告人」と抽象化して本人を呼ぶことに抵抗を覚えるようになった。被疑者・被告人も1人の人間であり、いろいろな事情を抱えていることを意識するようになったからかもしれない。そして、いままで無味乾燥であった学説の議論や事例が生き生きとしてきた。それは、クリニックで扱った事件が私の理解を助けてくれているからだと思う。
クリニックで、自分以外の学生の考えを聞くのはとても面白かったし、刺激になった。また、萩原先生が、刑事弁護をする上でいろいろなチャレンジをされていること、被告人を初めとして、聞く人の心の琴線に触れるような弁論をされることを知った。このことは、刑事弁護を考える上で大いに勉強になった。
(谷田知映)昼間主3年
以 上
