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大宮法科大学院大学 今週の大宮法科

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今週の大宮法科

教員リレーエッセイ

2008年03月21日 09:00

教員リレーエッセイ(1)-「弁護士の就職と転職」

弁護士の就職と転職


副学長/教授 北 沢 義 博


 書店で、「弁護士の就職と転職(西田章著)」という本が目に付いた。買うほどのも
のではない、と思いつつ、買ってしまった。このような本のニーズがあるようになっ
て情けない、と思う反面、やっと弁護士も、まともな職業として認知されたか、とも
感じた。西田氏は、51期の弁護士で、長島・大野法律事務所に勤務した経験もあり、
現在は弁護士のヘッドハンティングを業としているだけあって、若手弁護士の就職状
況の分析としては、かなり的を得ている。


 弁護士の就職問題といえば、この前の日弁連会長選挙において、「弁護士の就職
難」を前提として、司法試験の合格者増加に反対する候補が「善戦」したことが記憶
に新しい。


 弁護士が「就職する」とは、一体どういうことなのだろうか。また、就職難になる
から、弁護士の数は増やさない方がいいのだろうか。対立候補にやっと勝った、宮崎
新会長も、適正な法曹人口について検討するらしい。しかし、適正な法曹人口とか、
弁護士の数は算定できるものなのだろうか。私を含め、日本人はラーメンが大好きで
あるが、日本人が美味しいラーメンを食べるためには、ラーメン店の数は、どれくら
いが適正か、という議論はしない。ラーメン業界と弁護士業界を同一に論ずることが
適切かどうかさておき、弁護士が広い分野で仕事をすることを目指して司法試験合格
者を増やしてきたのであるから、修習生が従来のように法律事務所に就職できないこ
とを理由に、司法試験合格者を増やすな、減らせ、というのは絶対におかしい。


 「弁護士が生活に困ると不祥事に走る」などというような情けない議論は、放って
おいても淘汰されるであろう。確かに、年間500人合格の時代の我々は、弁護士を職
業として意識しないですんだ、よい時代でもあった。


 弁護士に「就職・転職」という概念はふさわしくない。弁護士として、どのような
場所・環境を選び、どのような仕事をするのかが問題なのである。古きよき時代を懐
かしむのではなく、若い人たちと一緒に、弁護士の働き場所を開拓していきたいもの
である。


以上

投稿者 omiyalaw

2008年04月23日 12:11

教員リレーエッセイ(2)-「行列のできない法律事務所」から-

「行列のできない法律事務所」から


教授 萩原 猛


 新聞・テレビ・雑誌等様々なメディアに弁護士が登場し、法律相談をしているのをしばしば見かける。多くの人々は、それを見て、弁護士に相談すればあんな風に明快な回答が得られ自らの進むべき道が指し示されて、疑問はたちどころに氷解すると思うのだろうか?勿論、弁護士10人に相談すれば、10人が同様の答えを出すような相談も多いだろう。しかし、同業者の回答内容を見聞して、前提がこう変われば正反対の結論になるだろう、随分思い切った断定をするなあ、等々否定的な評価を余儀なくされる場面に出くわすことも少なくない。
 世の中に生起する種々雑多な事象を、法律家は「法」というフィルターを通して再構成する。「法」がフィルターの機能を果たすには「解釈」という作業を施さなければならない。その上、フィルターを通過する「雑多な事象」は、過去の事象であり、「証拠」によってその存在ないし不存在が「証明」されなければ、フィルターを通過したことにはなり得ないという事情がある。このように、世の中の「事実」も「法」も不確定要素に彩られているのである。従って、相談を受けた弁護士が誠実に回答しようと思えば思うほど、その回答は曖昧模糊とした内容とならざるを得ず、相談者には往々にして不満が残る結果となる。
 紛争を抱え藁にもすがりたい人々にとって、その解決の為の明晰な回答が求められているというのは良く分かるが、弁護士人口の少ないこの国では未だ予防法学的発想は世間に浸透していない。弁護士のもとを訪れるのは、紛争が拗れに拗れてからということが結構ある。ただでさえ不確定要素が多いのに、自称「法律に詳しい人」などが介入したりして、太さも長さもバラバラの紐が何重にも絡まりどこをどう引っ張ったら解けるんだと叫びたくなるような状態にしてしまったら、弁護士だって簡単には明晰な回答などできるものではない。
 メディアの法律相談は、限定された時間と空間の中で行われるから事例も単純化されているのが一般である。単純化されているだけに細部の前提事実が幾通りかに分けられる場合が多く、どの事実を前提にするかによってその回答が変わるということがあり得る。また前記したように、「法」の「解釈」が一義的に確定し得ない場合もある。こういった事情を巧みにプロデュースしたのが、島田紳助を司会者とする法律相談のテレビ番組と言えようか?回答者として出演している4人の弁護士の回答が分かれるのである。従来の法律相談番組では考えられなかった構成である。こういう番組が好評を博し、弁護士同士の議論を楽しめる視聴者が増えているということは好ましいことのように思う。紛争の解決を情実ではなく、「法的議論」に委ねようという意識が世間に育まれつつある兆候のように思えるからである。
 好むと好まざるとに関わらず、私達の社会は「法化社会」に向かって歩み出した。裁判員制度も間もなく始まる。市民参加はシステムを変え、先に述べた世間の状況も変わって行くに違いない。法律家だけが変わらないで済む筈はないだろう。

投稿者 omiyalaw

2008年05月14日 13:30

教員リレーエッセイ(3)-「六法は横に読め」

六法は横に読め


准教授 土田 亮


 昔話で恐縮ですが、私が研究者の道を志すきっかけになったのは、大学2年のときに受けた手形・小切手法の授業でした。「効率的な」時間割を組むために、3年生配当の科目を無理矢理受講したのですが、担当の先生の講義は、口調は穏やかながら多くの具体的な事案をちりばめていて理解しやすく、民法の債権総論を同時並行で勉強するという無謀な私にも何とかついてける(しかも話のレベルは決して低くない)ものでした。この授業での出会いがきっかけで、私はその先生のゼミに入り、大学院進学を選び、先生を師と仰ぐこととなりました。

 その、わが師匠が折に触れて話すことが「六法は縦に読むだけではだめだ。横に読みなさい」というアドバイスです。勉強するときには、個々の規定をバラバラに理解しようとするのではなく、他の条文とのつながり、関連のなかで、各規定の意義・解釈を理解するようにしなさいということで、自分が商法を学ぶ上での基本的な視座となりました。
 しかし、この言葉は、単に勉強のやり方について述べるにとどまらないことに気づきました。個々の規定の意味を理解することはもちろん大事だが、その背後にある法の思想・体系を理解するようにつとめなければならない、そういう意味のアドバイスでもあるのではないか、と思うのです。
 学生さんは(場合によっては実務家の皆さんも?)、目の前にある問題・紛争を解決することが第一ですから、まずは当該問題・紛争の解決に直接役立つ規定や論点についての解釈・理解に最大の努力を傾注することになります。とはいえ、個々の規定・論点の理解に際しては、やはりそれが当該法令全体の中でどう位置づけられているかという点や、当該規定が置かれた趣旨、他の規定との関連といったことを知っているかどうかで、理解の速度や深度は自ずと異なってくるはずで、できれば全体の体系や、理論的な位置づけを知っているに超したことはありません。しかしながら、時間や人手の制約がありますから、自分一人で体系や理念を探り当てるということはなかなか難しいのではないかと思います。
 他方、研究者は個々の事案からは一歩引いた位置に立って、複数の事案を比較検討したり、立法の経緯や沿革、過去の学説などに照らして、それぞれの立法や判例の背後にある理念や体系を見いだすこと、そしてそれを個々の規定の解釈に還元することを得意とします(というより、それが仕事です)。直接は事案の解決に役立ちそうもないことでも、全体の体系的な位置づけのなかで面白そうなネタであれば、喜んで飛びつきます(少なくともわたしはそうです)。そうして得られた研究成果が、論文や教科書などの書籍の形で、学生さんや実務家のみなさんが法体系や法理論を読み解く一助になれば、結果として実務に携わる人たちの助けとなり、迅速かつ適切な紛争解決に資することになるのだと思います。

 法科大学院をはじめとする法学教育の場における、私のような研究者教員の教育上の大きな役割のひとつは、判例・学説の蓄積によって形成された体系を学生の皆さんにわかりやすくお伝えすることだと考えています。学生の皆さんが六法を横に読めるようになるための手助けができれば、研究者教員としてとても喜ばしく思います。

投稿者 omiyalaw

2008年12月06日 12:00

世界的視野で判断すれば、法曹人口の増員と強化が不可欠なことがわかる

久保利英明

風向きが変わった司法制度改革


 司法改革は政治改革・行政改革・地方分権改革・経済構造改革の総仕上げとして、これらの改革を「法の精神・法の支配」によって結びつける「扇の要」として検討が開始された。司法制度改革審議会が設置され、二年間にわたり小渕・森・小泉の三内閣の下で徹底審議の上、二〇〇一年六月に提言された。司法改革とは肥大化した行政システムを改め、政治部門の統治能力を高めるとともに、過度の事前規制を排し、いままで弱体であった司法による事後監視・救済型社会への転換を実現するために必須の改革なのである。
「制度を活かすも殺すも人である。」との認識の下に、司法の担い手である法曹の抜本的増強と改革が提言された。従前五〇〇名程度であった司法試験合格者が一九九九年には一〇〇〇名に増加していたが、さらに加速して、二〇〇四年には一五〇〇名に、二〇一〇年には三〇〇〇名を達成し、二〇一八年頃には実働法曹人口を五万人規模(法曹一人当たり国民二五〇〇人)にする計画が示された。意見書が発表された当時一万八二四六名であった弁護士人口は現在では約二万五〇〇〇名を数える。
 しかし、意見の提言から七年がたち、諸改革への取り組みは遅々として進まず、改革意欲は減退し、司法改革にも逆風が吹き始めた。いま、司法改革の三つの目玉とされた、法曹人口の飛躍的拡大、②法曹人口拡大のための法科大学院制度の導入、③刑事司法を改革し国民の司法参加を実現する裁判員制度の創設のすべてについて批判的論調が弁護士会内外で巻き起こっている。本稿ではこの問題を弁護士人工の切り口から検討する。

法曹人口拡大についての批判への再反論

 法曹人口拡大への批判は大きく分けて三点に集約される。

①増員に伴い法科大学院卒業の新司法試験合格者の水準が低下し、さらに就職難のためOJT(オンザジョブトレーニング)の機会喪失により弁護士の質が低下する。
②弁護士の需要は実際には少ないのに、増員のため競争が激化し、濫訴や食えなくなった弁護士による違法行為など弁護士の倫理が低下し、国民に被害を与える。
③我が国古来の醇風美俗とされる平穏で和を尊しとする社会秩序の崩壊をもたらす。
という指摘である。
 しかし、これらの論点に対しては改革論者から以下の通り再反論がなされている。
①に対しては、新司法試験合格者の質が低下したという証拠はない。一部の論者は司法研修所修了試験(二回試験)の不合格者が増加している事実をその根拠としているが、法科大学院卒業者で二回試験を終えたのは、旧司法試験を受験するために予備校で教育を受けてきた、二年制の既修コース卒業生のみ(不合格率七・二パーセント)である。旧試験組の不合格率五・一パーセントと大差ない。制度の本則である三年コース修了者はまだ二回試験を受験しておらず当然、弁護士にもなっていないのであるから、そもそも法曹としての質を云々する段階にいたっていない。不断の業務能力の向上は専門プロフェッションとしての一人一人の弁護士の研鑽と所属弁護士会の指導によるべきものであって、勤務弁護士でなければOJTが受けられないというものではない。司法研修期間が短縮され、自ら研鑽する能力のない者が二回試験に失敗し、法曹資格を取得できないという当然の結果にすぎない。
 ②の主張に至っては荒唐無稽の一語に尽きる。弁護士の需要が少ないと決めつけているが、弁護士過疎地域といわれる地域は全国にまだ多数ある。企業法務といわれる「知的財産権」「金融商品取引」「海外取引」「税法」などについて企業の求める専門弁護士は著しく不足している。理系出身や専門知識を身につけた社会人経験のある法科大学院三年コース出身の弁護士へのニーズは根強い。
 さらに弁護士の活動分野を裁判所で行われる訴訟事件に限定するから、需要がないように見えるだけで、各企業の抱える膨大な法務部員の数や信託銀行の行う遺言サービス件数、公正取引委員会や証券取引等監視委員会などの準司法手続的官庁、地方自治体で都市開発や条例審査を行う司法セクションの人手不足を見れば、弁護士に対する需要はいくらでも掘り起こせる。

食えない弁護士が違法行為に走るという詭弁

 刑事裁判についても裁判員制度下の手続きは旧来の弁護士も新規弁護士も同様に初体験であり、短期集中審理が前提となるこの制度に積極的に関与する弁護士は絶対的に不足している。裁判員制度については瑕瑾を探して絶対反対を唱える論者もいるが、わが国はすでに一九二八年(昭和三年)に陪審員制度を実施していた。戦時緊急体制の下で一九四三年四月一日に停止されることになったが、この間、四八四件が陪審に付され、うち八一件に無罪判決が出ている。現在の有罪率九九・九パーセントからはとうてい考えられない無罪率である。それから八〇年も経ち、大学卒業者が同年人口の半分を数え、識字率九九・八パーセントの主権在民のこの国で、他の先進諸国同様に国民が裁判に参加できないはずがない。問題は弁護士不足だけである。
「食えなくなった弁護士が濫訴を提起し、違法行為を働く」という増員反対論は、弁護士層全体への侮辱に他ならない。生活苦から客の財布を強奪するタクシー運転手も、旅館経営者もいない。患者の少ない歯科医が健康な歯を抜歯し、外科医が健全な臓器を摘出することもあり得ない。ひとり弁護士だけがこのような違法行為を行うとする議論は弁護士制度の自殺である。弁護士会内で堂々とこんな議論がなされること自体、法科大学院で法曹倫理を最低でも二単位履修している新人弁護士の質よりも、法曹倫理を学んだことのない既存弁護士の質こそが問われる。
③の議論も的はずれである。この議論は鳩山邦夫前法相の持論でもあるが、主張されている日本古来の醇風美俗とされる「和を以て尊しとなす」の精神は、現代では訴訟や紛争の法的解決を前提とする。訴訟を欧米的文明と位置づけし、正当な権利の主張を、「敵を作り、日本の文明を崩壊させるもの」と断定することは司法や法的解決を正しく理解しているとはいいがたい。日本的文化を旧弊の「ムラの理論」と理解すれば、「闇カルテル」「官製談合」も暴力団の利用や不当な行政指導も是認されることになってしまう。公正な司法は無意味な濫訴を奨励するわけでも、権利の濫用を容認するわけでもない。むしろ適切な訴訟遂行や公正妥当な和解の成立のために、充実した質と量の法曹が求められているのである。

なぜアジア諸国で司法強化が叫ばれるのか

 法曹人口激増のためのインフラである法科大学院に対しても、厳しい注文が寄せられている。「特許やコンテンツ、経済活動の基礎である金融・証券の基礎の分かる人材が少ない」「いまは独善的な弁護士が多いので社会人経験も必要である」「市民の目線で依頼者の心理も理解する優しい弁護士が欲しい」などと、「法律学でガチガチになった頭の持ち主」ではなく「かけがえのない人生を生きる国民の社会生活上の医師」という弁護士像が求められている。一例を挙げれば〇八年に大宮法科大学院から合格した一六名中一一名が非法学部出身である。一〇名が社会経験を持ち、現職の医師をはじめ、理系院卒の電機・通信専門家、英米の大学・大学院卒業者など多士済々である。国民はこんな経歴の弁護士を待っている。
 法曹増員問題は世界的視野から判断すべきである。韓国や中国でも法曹人口の急増が課題となっている。中国では毎年万人単位で法曹が増加している。韓国では二〇〇六年末現在、法曹一人当たりの人口五七五八人(日本は約五〇〇〇人)を二〇二〇年ごろまでに経済協力開発機構(OECD)加盟国の平均である一四八二人に引き上げることにしている。
 この数値を達成させるために韓国でも法科大学院制度が二〇〇九年三月からスタートすることになった。三年制のみで既修者コースはない。全国九七の法学部のうち、四〇枚が開設を希望していたものの、定員は二〇〇〇名に限定され、認可は二五校に絞られた。また、ロースクール設置認可を受けるためには卒業生が誕生する二〇一二年以降法学部の廃止が要件とされた。東アジア諸国が司法改革に懸命なのは法曹人口の飛躍的増加による司法強化が経済競争中での勝利と国民の人権擁護・福利の保証に必要だからである。日本だけ例外なはずがない。

投稿者 omiyalaw

2009年08月31日 12:00

弁護士会主催のサマープログラム-裁判員裁判体験報告会-

 第二東京弁護士会の法科大学院支援委員会では,毎年,夏休みの時期に,大宮法科大学院大学の学生向けに,弁護士会館見学と法律事務所見学の企画を実施している。

 法律事務所見学は,「エクスターンシップ」ではなく,限られた時間の文字通りの「見学」であるが,大規模事務所から一人事務所,また様々な専門分野を持っている事務所から町医者的な総合事務所まで,様々なタイプの事務所が,学生の見学を受け入れてくれている。

 弁護士会館見学は,文字通り,霞ヶ関にある弁護士会館を見ていただき,弁護士会の活動について説明して質疑応答を行い,あとは懇親を深めるという企画である。我々弁護士は弁護士会館に足を運ぶというのは取り立てて意識することもない行動であるが,弁護士以外の人間が弁護士会館に足を運ぶ機会はあまりない。

 弁護士にとっては「特別な場所じゃないんだけれど。」という意識だが,見学者は興味津々という良い意味でのギャップがあるのが通常である。

 私事であるが,先日,私の事務所の新人弁護士の出身地にある高校生たちが社会科見学で裁判傍聴にくることになった。私自身,法学部でゼミを持っていたときには学生を連れて裁判傍聴-弁護士会見学-法務省史料展示室見学-事務所見学という「法曹ツアー」を何度も実施していたため,ガイドツアーはお手のもの。
そこで,弁護士会館見学のお手伝いを買って出た。このときも,高校生達は全てが新鮮という感じで,実に楽しいひとときだった。

 このように,学生のための弁護士会館見学は,地味であるが,未来の法律家達にとって弁護士会をより身近に感じて貰い,また,普段接している教員以外の弁護士にも接することで,より見聞を広めるという意味で有意義な機会ではないかと自負している。

 そんな弁護士会館見学に,今年はもう一つの目玉が加わった。

 弁護士会館見学を実施したのは8月7日。その前日まで東京地裁では裁判員裁判の第1号事件の審理判決がなされていた。その弁護人を務めていた伊達俊二弁護士が,たまたま本年度の法科大学院支援委員会の委員長である。そのこともあり,施設見学後は伊達弁護士による裁判員裁判の弁護人体験を語る会(特にこのような名称が付されていたわけではないが)が行われた。この会には,伊達弁護士とともに弁護人を務めた吉田繁實弁護士もゲスト参加してくれて,学生のみならず弁護士にとっても実に参考になる話を聞くことができた(会には弁護士会に常駐している副会長も何人か参加していた)。

 伊達弁護士からは,公判と同様のプレゼン資料を投影しつつ,実際に冒頭陳述の再現が行われた。プレゼン資料はパワーポイントやグラフィックソフトなどを駆使して作られていた。伊達弁護士も吉田弁護士も,普段はワープロソフトで文書起案をすることはあるが,この事件をやることになって,はじめてプレゼンソフトやグラフィックソフトを使ったとか。伊達先生曰く「冒頭陳述や弁論などの文章は幾らでも書けるけれど,それをビジュアルなものにしたり,プレゼンの資料にするのにものすごく時間がかかった。」とのこと。私は,弁護士会内で,お二人と同じグループに属していて,もう10年以上のおつきあいになるが,非IT系(冗談半分で「旧人類」ということもある)の伊達先生がグラフィックソフトと格闘する姿を想像すると,大変だったろうなと感じた。

 検察庁は「日常的に刑事事件を扱っている組織」であるから,刑事裁判のためのプレゼン資料を作ることに専従するスタッフがいるようだが,常に刑事事件を扱っているわけでもない一般の弁護士が,法律事務所でプレゼンのためのスタッフを抱えておくわけにはいかないから,弁護士自身がそういう技術を身につけていくほかないだろう。むろん,プレゼンテーションは手段であって目的ではないから,パソコンにこだわる必要はないのであるが…。

 見学に来ていた学生が「自分は常日頃こういうプレゼン関係の仕事をやっているので,プレゼン資料という観点からは今でも助言できるところがある。合格したら是非戦力として使ってほしい。そのためにも一日も早く合格して弁護士になりたい。」と語っていたのは頼もしかった。今後裁判員裁判に携わるとすると,刑事弁護のベテランとプレゼン資料作成技術をもつ若手弁護士が組み,若手弁護士は資料作りの能力を提供しつつベテラン弁護士から刑事弁護のスキルを吸収するというのが一つのスタイルとして考えられる。

 そのほか,弁護方針をどうするか,弁論をやるときの法廷での立ち位置についても,裁判官席に正対する形ではなく,弁護人席で行うことを「あえて」選択したこと,など,考えさせられることがたくさんあった。

 ともあれ,裁判員裁判終了直後にこのような機会を持つことができたことは,学生にとっても,また見学会に参加していた他の弁護士にとっても非常によい研鑽となった。

 体験報告会終了後は,本年度の第二東京弁護士会会長である川崎達也弁護士ほか数名の副会長も加わり,懇親会を行い,学生達は現場のエネルギーを大いに吸収していた。

投稿者 omiyalaw

2011年04月21日 17:26

学生の皆さんへ



本年4月から、本学教員による学生の皆さんへの短いリレートークを開始することになり、私が最初に書くことになりました。4月になって桜が咲きはじめるこの季節、多くの学びの場で新学期が始まります。日本では、物事の始めと桜の季節が同時期となり、日本人は桜にいろいろな想いを重ねることになります。皆さんは、この季節、新たな気持ちで勉学に励んでいるはずであります。新入生に話したことですが、司法という領域で活躍することを決意した皆さんにとって、飛行機で言えば、本学在学期間は、大空のなかの司法という空域で飛行することを目指す離陸の期間というべきものです。飛行機が離陸するときは、エンジンの出力を最大にすることが必要であるように、法曹を目指すための本学での在学期間は、自らの能力を最大限活かして努力することが必要です。そして、本学の在学期間は、皆さんの人生にとってとても大事な期間です。自らの人生にとって大事な期間を真剣に熱く学ぶ期間としないで、その後の人生を真剣にそして他のために熱く仕事をする期間とすることは極めて困難に思えます。司法試験は、皆さんの思考力のみが試されているのではなく、その期間を持続して努力するその精神力をも試されていると考えるべきです。私ども教員はいつでも皆さんとともにあります。教員を大いに活用して頑張ってください。  



                                             平成23年4月

 学長  柏木俊彦


投稿者 omiyalaw

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