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      <title>大宮法科大学院大学web版ニューズレター</title>
      <link>http://www.omiyalaw.ac.jp/blog/</link>
      <description>ここにサブタイトルが入ります。</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2009</copyright>
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         <title>世界的視野で判断すれば、法曹人口の増員と強化が不可欠なことがわかる</title>
         <description><![CDATA[<center>世界的視野で判断すれば、法曹人口の増員と強化が不可欠なことがわかる</center>

<P ALIGN=right>久保利英明</p>

<center>風向きが変わった司法制度改革</center><br><br>

　司法改革は政治改革・行政改革・地方分権改革・経済構造改革の総仕上げとして、これらの改革を「法の精神・法の支配」によって結びつける「扇の要」として検討が開始された。司法制度改革審議会が設置され、二年間にわたり小渕・森・小泉の三内閣の下で徹底審議の上、二〇〇一年六月に提言された。司法改革とは肥大化した行政システムを改め、政治部門の統治能力を高めるとともに、過度の事前規制を排し、いままで弱体であった司法による事後監視・救済型社会への転換を実現するために必須の改革なのである。
「制度を活かすも殺すも人である。」との認識の下に、司法の担い手である法曹の抜本的増強と改革が提言された。従前五〇〇名程度であった司法試験合格者が一九九九年には一〇〇〇名に増加していたが、さらに加速して、二〇〇四年には一五〇〇名に、二〇一〇年には三〇〇〇名を達成し、二〇一八年頃には実働法曹人口を五万人規模（法曹一人当たり国民二五〇〇人）にする計画が示された。意見書が発表された当時一万八二四六名であった弁護士人口は現在では約二万五〇〇〇名を数える。
　しかし、意見の提言から七年がたち、諸改革への取り組みは遅々として進まず、改革意欲は減退し、司法改革にも逆風が吹き始めた。いま、司法改革の三つの目玉とされた、法曹人口の飛躍的拡大、②法曹人口拡大のための法科大学院制度の導入、③刑事司法を改革し国民の司法参加を実現する裁判員制度の創設のすべてについて批判的論調が弁護士会内外で巻き起こっている。本稿ではこの問題を弁護士人工の切り口から検討する。

法曹人口拡大についての批判への再反論<br><br>

　法曹人口拡大への批判は大きく分けて三点に集約される。<br><br>

①増員に伴い法科大学院卒業の新司法試験合格者の水準が低下し、さらに就職難のためＯＪＴ（オンザジョブトレーニング）の機会喪失により弁護士の質が低下する。
②弁護士の需要は実際には少ないのに、増員のため競争が激化し、濫訴や食えなくなった弁護士による違法行為など弁護士の倫理が低下し、国民に被害を与える。
③我が国古来の醇風美俗とされる平穏で和を尊しとする社会秩序の崩壊をもたらす。
という指摘である。
　しかし、これらの論点に対しては改革論者から以下の通り再反論がなされている。
①に対しては、新司法試験合格者の質が低下したという証拠はない。一部の論者は司法研修所修了試験（二回試験）の不合格者が増加している事実をその根拠としているが、法科大学院卒業者で二回試験を終えたのは、旧司法試験を受験するために予備校で教育を受けてきた、二年制の既修コース卒業生のみ(不合格率七・二パーセント)である。旧試験組の不合格率五・一パーセントと大差ない。制度の本則である三年コース修了者はまだ二回試験を受験しておらず当然、弁護士にもなっていないのであるから、そもそも法曹としての質を云々する段階にいたっていない。不断の業務能力の向上は専門プロフェッションとしての一人一人の弁護士の研鑽と所属弁護士会の指導によるべきものであって、勤務弁護士でなければＯＪＴが受けられないというものではない。司法研修期間が短縮され、自ら研鑽する能力のない者が二回試験に失敗し、法曹資格を取得できないという当然の結果にすぎない。
　②の主張に至っては荒唐無稽の一語に尽きる。弁護士の需要が少ないと決めつけているが、弁護士過疎地域といわれる地域は全国にまだ多数ある。企業法務といわれる「知的財産権」「金融商品取引」「海外取引」「税法」などについて企業の求める専門弁護士は著しく不足している。理系出身や専門知識を身につけた社会人経験のある法科大学院三年コース出身の弁護士へのニーズは根強い。
　さらに弁護士の活動分野を裁判所で行われる訴訟事件に限定するから、需要がないように見えるだけで、各企業の抱える膨大な法務部員の数や信託銀行の行う遺言サービス件数、公正取引委員会や証券取引等監視委員会などの準司法手続的官庁、地方自治体で都市開発や条例審査を行う司法セクションの人手不足を見れば、弁護士に対する需要はいくらでも掘り起こせる。<br><br>

食えない弁護士が違法行為に走るという詭弁<br><br>

　刑事裁判についても裁判員制度下の手続きは旧来の弁護士も新規弁護士も同様に初体験であり、短期集中審理が前提となるこの制度に積極的に関与する弁護士は絶対的に不足している。裁判員制度については瑕瑾を探して絶対反対を唱える論者もいるが、わが国はすでに一九二八年（昭和三年）に陪審員制度を実施していた。戦時緊急体制の下で一九四三年四月一日に停止されることになったが、この間、四八四件が陪審に付され、うち八一件に無罪判決が出ている。現在の有罪率九九・九パーセントからはとうてい考えられない無罪率である。それから八〇年も経ち、大学卒業者が同年人口の半分を数え、識字率九九・八パーセントの主権在民のこの国で、他の先進諸国同様に国民が裁判に参加できないはずがない。問題は弁護士不足だけである。
「食えなくなった弁護士が濫訴を提起し、違法行為を働く」という増員反対論は、弁護士層全体への侮辱に他ならない。生活苦から客の財布を強奪するタクシー運転手も、旅館経営者もいない。患者の少ない歯科医が健康な歯を抜歯し、外科医が健全な臓器を摘出することもあり得ない。ひとり弁護士だけがこのような違法行為を行うとする議論は弁護士制度の自殺である。弁護士会内で堂々とこんな議論がなされること自体、法科大学院で法曹倫理を最低でも二単位履修している新人弁護士の質よりも、法曹倫理を学んだことのない既存弁護士の質こそが問われる。
③の議論も的はずれである。この議論は鳩山邦夫前法相の持論でもあるが、主張されている日本古来の醇風美俗とされる「和を以て尊しとなす」の精神は、現代では訴訟や紛争の法的解決を前提とする。訴訟を欧米的文明と位置づけし、正当な権利の主張を、「敵を作り、日本の文明を崩壊させるもの」と断定することは司法や法的解決を正しく理解しているとはいいがたい。日本的文化を旧弊の「ムラの理論」と理解すれば、「闇カルテル」「官製談合」も暴力団の利用や不当な行政指導も是認されることになってしまう。公正な司法は無意味な濫訴を奨励するわけでも、権利の濫用を容認するわけでもない。むしろ適切な訴訟遂行や公正妥当な和解の成立のために、充実した質と量の法曹が求められているのである。
<br>

なぜアジア諸国で司法強化が叫ばれるのか<br><br>

　法曹人口激増のためのインフラである法科大学院に対しても、厳しい注文が寄せられている。「特許やコンテンツ、経済活動の基礎である金融・証券の基礎の分かる人材が少ない」「いまは独善的な弁護士が多いので社会人経験も必要である」「市民の目線で依頼者の心理も理解する優しい弁護士が欲しい」などと、「法律学でガチガチになった頭の持ち主」ではなく「かけがえのない人生を生きる国民の社会生活上の医師」という弁護士像が求められている。一例を挙げれば〇八年に大宮法科大学院から合格した一六名中一一名が非法学部出身である。一〇名が社会経験を持ち、現職の医師をはじめ、理系院卒の電機・通信専門家、英米の大学・大学院卒業者など多士済々である。国民はこんな経歴の弁護士を待っている。
　法曹増員問題は世界的視野から判断すべきである。韓国や中国でも法曹人口の急増が課題となっている。中国では毎年万人単位で法曹が増加している。韓国では二〇〇六年末現在、法曹一人当たりの人口五七五八人（日本は約五〇〇〇人）を二〇二〇年ごろまでに経済協力開発機構（ＯＥＣＤ）加盟国の平均である一四八二人に引き上げることにしている。
　この数値を達成させるために韓国でも法科大学院制度が二〇〇九年三月からスタートすることになった。三年制のみで既修者コースはない。全国九七の法学部のうち、四〇枚が開設を希望していたものの、定員は二〇〇〇名に限定され、認可は二五校に絞られた。また、ロースクール設置認可を受けるためには卒業生が誕生する二〇一二年以降法学部の廃止が要件とされた。東アジア諸国が司法改革に懸命なのは法曹人口の飛躍的増加による司法強化が経済競争中での勝利と国民の人権擁護・福利の保証に必要だからである。日本だけ例外なはずがない。
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         <link>http://www.omiyalaw.ac.jp/blog/archives /2008/12/post_14.html</link>
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         <category>教員リレーエッセイ</category>
         <pubDate>Sat, 06 Dec 2008 12:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ニューズレター（学生報告）</title>
         <description><![CDATA[　私は純粋未修者として夜間主コースに入学し，現在最終学年（３年）で勉強しています。本学に興味を持たれている人の中には，私のように働きながら法曹を目指すことを考えておられる方も多いと思います。以下，多少なりともご参考になればと思い，私自身の思うところを書いてみます。


１．私が法曹をめざす理由：
　①挑戦することの楽しさ，
　②マンネリズムからの脱却，
　③社会に対する理解が深まる，
　④組織や社会に対して提言することが可能，
　⑤組織に依存しない生き方が可能。


２．純粋未修者にとっての法律学習：たとえば，A→B→Cの順で学ぶ場合に，(Aの理解を前提とする)Cの理解がないと基礎であるAの理解ができない，ということが多いので，一直線に習得することは難しく，らせん階段を登るようなイメージです。ですからはじめはなかなか大変ですが，逆に少しずつ理解できるようになると勉強も面白くなってきます。


３．働きながら法曹になることは可能か：はじめの２年間は仕事を続けながら勉強することも一般的には可能だと思います。ただ，新司法試験受験前の一定の期間については仕事を相当程度減らしたり休職したりすることを考えなければならない場合も多いでしょう。


４．本学の特質：真の未修者であり若くもない私が，幸運にも楽しく勉強してこられたのも次のような本学の特質のおかげです。
　①私たちの夜間主クラスには，「みんな仕事を持ちながら頑張っているんだ。」という精神的な連帯感があります。仕事がハードだった日に疲れて登校しても，クラスの仲間と話しているうちに元気が出てくることがよくあります。（ですから，皆さんが来年入学されたら，早い時期にクラス会をもって積極的に仲良くなってください。勉強を続けていくうえでも，法曹になってから一緒に仕事をするうえでも大事なことだと思いますよ。）
　②弁護士業務を持ちながら法曹教育に携わるなどということは，並みの優秀さや熱意ではできないことです。単なる優秀さを超えた魅力溢れる先生方の熱意に授業の内外で触れると，法曹をめざす意欲も常に新たなものとなります。
　③基本書や判例集を読んだだけでは理解しにくい「判例の位置づけや整理の仕方」などを明らかにしてくれる“interesting”な授業がいくつも用意されています。


５．最後に：私は，人間の能力なんてごく一部の例外を除いてそんなに大きな差はなく，やれるかやれないかは「やれる！」と思えるかどうかで決まる部分が大きいと思います。客観的な分析能力をもって「やれる！」と積極的に思えたら，もう半分できたようなものではないでしょうか。熟慮をなさったうえで，一人でも多くの方が強い意思と大きな希望をもって私たちの仲間に加わって欲しいと思います。


<P ALIGN=right>（三期生夜間主３年）</P>]]></description>
         <link>http://www.omiyalaw.ac.jp/blog/archives /2008/07/post_8.html</link>
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         <category>ニューズレター(学生報告）</category>
         <pubDate>Tue, 01 Jul 2008 00:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>医事法Ⅰ骨髄バンク講演</title>
         <description><![CDATA[<img height="113" alt=" " src="http://www.omiyalaw.ac.jp/blog/images/P1040164.JPG" width="150" align="left" />
　去る6月6日、医事法Ⅰ（医療と法）のゲストスピーカとして、全国骨髄バンク推進協議会会長の大谷貴子氏にご講演を頂きました。大谷氏は、大学院在学中に慢性骨髄性白血病と診断され、お母様からの骨髄移植で病気を克服なさったことをきっかけに、当時まだ日本に存在していなかった骨髄バンクを設立。以後、20年以上に渡って、ドナー登録の呼びかけ、患者のケアなど、全国を飛び回りながら骨髄バンクの中心として活動をしていらっしゃいます。
　当日は前半の70分で骨髄バンクの基礎知識を絡めながら、大谷氏自身の発症から骨髄移植までの道のりをお話いただき、後半の30分はディスカッションとなりました。
　テレビのドキュメンタリー等で大谷氏の経歴を知ってはいたものの、改めてご本人から聞く言葉の重み、パワーに圧倒され、大谷氏の話に参加者全員がぐいぐい引き込まれていきました。ご講演の中で、何度となく｢ありがたいことに｣という言葉がありました。医者、家族、友人、共に戦った患者、自分を取り巻くすべての人に感謝しながら日々を生きていらっしゃる大谷氏の生き方、姿勢にとても感銘を受けました。
　後半はロースクールならではの内容ということで、骨髄バンクを取り巻く法律問題について。具体的には①ドナーは最終同意の後、骨髄提供意思の撤回はできないという規定が骨髄バンクに存在するが、その規定に拘束力はあるのか、②最終同意の立会人の資格について、各都道府県のバンクの裁量になっている現状だが(誰でも可というところが大半らしいです)、そこに弁護士の立会いは必要か否か、③骨髄バンクの先進国、アメリカでは移植を受けた患者とドナーの対面は積極的に行われているが、日本の骨髄バンクでは患者とドナーの接触は骨髄バンクを介して、匿名の手紙のやり取りが認められているにとどまり、対面は一切禁止されている。患者の立場からは自分の命を救ってくれたドナーに直接お礼を言いたい気持ちがあるのだが、ドナーが患者に対し金品等の要求をする恐れがある、また、ドナーが自分が骨髄を提供した患者が亡くなったことを知った場合に、自分自身を責めてしまう懸念もあり、ドナーの精神的ケアをするシステムを作る必要がある、等の理由から認められていないということ。このドナーと患者の対面を日本でも認めるべきか否か。
　学生からは、「バンクの規定に法的拘束力を求めることは難しいであろう。だからこそ最終同意の重要性が増し、弁護士の立会いが必要になるのではないか」、「希望者には対面の選択肢を与えるべき。患者とドナーの対面は実現できたほうが、それを見てバンクに登録しようとする人も増えるのではないか。(アメリカではテレビの情報番組等で、ドナー登録の連絡先をテロップで入れながら、対面ドキュメンタリーが放送されているらしい)」、｢ここまで骨髄バンクが大きな問題を抱えずにやってこられたのは、すべて善意の元に行われているから。安易な気持ちで登録する人を増やすだけだから、対面を殊更クローズアップするのは止めたほうがいい｣などの意見が出ました。
　いずれも簡単に答えの出る問題ではないので、もう少し時間があれば(４限のため延長ができず)さらに活発な議論ができたのではないかと思います。
　大谷氏のお話を聞いて、毎日漫然と勉強するのではなく、この環境に身を置けていることに感謝しよう、困っている人の役に立てる弁護士になろう、LS入学時の気持ちを新たにし、日々の学習に対するモチベーションがさらに高まりました。
　今、自分にできることは何なのか、将来弁護士になった時に何ができるのか、自分に問いかけながらの大変有意義な講演会となりました。
<P ALIGN=right>（医事法Ⅰ受講生）</P>
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         <link>http://www.omiyalaw.ac.jp/blog/archives /2008/06/post_13.html</link>
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         <category>ニューズレター(学生報告）</category>
         <pubDate>Tue, 17 Jun 2008 12:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>教員リレーエッセイ（３）－「六法は横に読め」</title>
         <description>六法は横に読め


准教授　土田　亮


　昔話で恐縮ですが、私が研究者の道を志すきっかけになったのは、大学２年のときに受けた手形・小切手法の授業でした。「効率的な」時間割を組むために、３年生配当の科目を無理矢理受講したのですが、担当の先生の講義は、口調は穏やかながら多くの具体的な事案をちりばめていて理解しやすく、民法の債権総論を同時並行で勉強するという無謀な私にも何とかついてける（しかも話のレベルは決して低くない）ものでした。この授業での出会いがきっかけで、私はその先生のゼミに入り、大学院進学を選び、先生を師と仰ぐこととなりました。

　その、わが師匠が折に触れて話すことが「六法は縦に読むだけではだめだ。横に読みなさい」というアドバイスです。勉強するときには、個々の規定をバラバラに理解しようとするのではなく、他の条文とのつながり、関連のなかで、各規定の意義・解釈を理解するようにしなさいということで、自分が商法を学ぶ上での基本的な視座となりました。
　しかし、この言葉は、単に勉強のやり方について述べるにとどまらないことに気づきました。個々の規定の意味を理解することはもちろん大事だが、その背後にある法の思想・体系を理解するようにつとめなければならない、そういう意味のアドバイスでもあるのではないか、と思うのです。
　学生さんは（場合によっては実務家の皆さんも？）、目の前にある問題・紛争を解決することが第一ですから、まずは当該問題・紛争の解決に直接役立つ規定や論点についての解釈・理解に最大の努力を傾注することになります。とはいえ、個々の規定・論点の理解に際しては、やはりそれが当該法令全体の中でどう位置づけられているかという点や、当該規定が置かれた趣旨、他の規定との関連といったことを知っているかどうかで、理解の速度や深度は自ずと異なってくるはずで、できれば全体の体系や、理論的な位置づけを知っているに超したことはありません。しかしながら、時間や人手の制約がありますから、自分一人で体系や理念を探り当てるということはなかなか難しいのではないかと思います。
　他方、研究者は個々の事案からは一歩引いた位置に立って、複数の事案を比較検討したり、立法の経緯や沿革、過去の学説などに照らして、それぞれの立法や判例の背後にある理念や体系を見いだすこと、そしてそれを個々の規定の解釈に還元することを得意とします（というより、それが仕事です）。直接は事案の解決に役立ちそうもないことでも、全体の体系的な位置づけのなかで面白そうなネタであれば、喜んで飛びつきます（少なくともわたしはそうです）。そうして得られた研究成果が、論文や教科書などの書籍の形で、学生さんや実務家のみなさんが法体系や法理論を読み解く一助になれば、結果として実務に携わる人たちの助けとなり、迅速かつ適切な紛争解決に資することになるのだと思います。

　法科大学院をはじめとする法学教育の場における、私のような研究者教員の教育上の大きな役割のひとつは、判例・学説の蓄積によって形成された体系を学生の皆さんにわかりやすくお伝えすることだと考えています。学生の皆さんが六法を横に読めるようになるための手助けができれば、研究者教員としてとても喜ばしく思います。</description>
         <link>http://www.omiyalaw.ac.jp/blog/archives /2008/05/post_12.html</link>
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         <category></category>
         <pubDate>Wed, 14 May 2008 13:30:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>教員リレーエッセイ（２）－「行列のできない法律事務所」から－</title>
         <description>「行列のできない法律事務所」から


教授　萩原　猛


　新聞・テレビ・雑誌等様々なメディアに弁護士が登場し、法律相談をしているのをしばしば見かける。多くの人々は、それを見て、弁護士に相談すればあんな風に明快な回答が得られ自らの進むべき道が指し示されて、疑問はたちどころに氷解すると思うのだろうか？勿論、弁護士10人に相談すれば、10人が同様の答えを出すような相談も多いだろう。しかし、同業者の回答内容を見聞して、前提がこう変われば正反対の結論になるだろう、随分思い切った断定をするなあ、等々否定的な評価を余儀なくされる場面に出くわすことも少なくない。
　世の中に生起する種々雑多な事象を、法律家は「法」というフィルターを通して再構成する。「法」がフィルターの機能を果たすには「解釈」という作業を施さなければならない。その上、フィルターを通過する「雑多な事象」は、過去の事象であり、「証拠」によってその存在ないし不存在が「証明」されなければ、フィルターを通過したことにはなり得ないという事情がある。このように、世の中の「事実」も「法」も不確定要素に彩られているのである。従って、相談を受けた弁護士が誠実に回答しようと思えば思うほど、その回答は曖昧模糊とした内容とならざるを得ず、相談者には往々にして不満が残る結果となる。
　紛争を抱え藁にもすがりたい人々にとって、その解決の為の明晰な回答が求められているというのは良く分かるが、弁護士人口の少ないこの国では未だ予防法学的発想は世間に浸透していない。弁護士のもとを訪れるのは、紛争が拗れに拗れてからということが結構ある。ただでさえ不確定要素が多いのに、自称「法律に詳しい人」などが介入したりして、太さも長さもバラバラの紐が何重にも絡まりどこをどう引っ張ったら解けるんだと叫びたくなるような状態にしてしまったら、弁護士だって簡単には明晰な回答などできるものではない。
　メディアの法律相談は、限定された時間と空間の中で行われるから事例も単純化されているのが一般である。単純化されているだけに細部の前提事実が幾通りかに分けられる場合が多く、どの事実を前提にするかによってその回答が変わるということがあり得る。また前記したように、「法」の「解釈」が一義的に確定し得ない場合もある。こういった事情を巧みにプロデュースしたのが、島田紳助を司会者とする法律相談のテレビ番組と言えようか？回答者として出演している４人の弁護士の回答が分かれるのである。従来の法律相談番組では考えられなかった構成である。こういう番組が好評を博し、弁護士同士の議論を楽しめる視聴者が増えているということは好ましいことのように思う。紛争の解決を情実ではなく、「法的議論」に委ねようという意識が世間に育まれつつある兆候のように思えるからである。
　好むと好まざるとに関わらず、私達の社会は「法化社会」に向かって歩み出した。裁判員制度も間もなく始まる。市民参加はシステムを変え、先に述べた世間の状況も変わって行くに違いない。法律家だけが変わらないで済む筈はないだろう。
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         <link>http://www.omiyalaw.ac.jp/blog/archives /2008/04/post_9.html</link>
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         <category>教員リレーエッセイ</category>
         <pubDate>Wed, 23 Apr 2008 12:11:12 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>第５回（２００８年度）入学式学長告辞</title>
         <description><![CDATA[<img height="150" alt=" " src="http://www.omiyalaw.ac.jp/blog/images/DSC_0026.jpg" width="100" align="left" />
<P ALIGN=right>平成20年4月2日</P>
　　　　　　　　　　　　　入学式告辞

<P ALIGN=right>大宮法科大学院大学<br>学長　柏木　俊彦　　</P>


<br>
　本学に入学されました７７名の皆さん、入学おめでとうございます。
皆さんは、法曹となることを目指して、本学に入学されました。本学への入学にあたって、法曹となるためには本学での３年間あるいは４年間、ひたむきに法を学ぶことが必要であることを覚悟していただきたいと思います。過ぎてしまえばあっというまですが、3年間あるいは4年間、といった長期間学び続けることは決して安易な気持ちでできることではありません。そのことを先ず自覚していただきたいと思います。更に、皆さん方のなかには、法をこれから始めて学ぶ方もおられます。それらの方は、法という未知の世界の扉をあけることになります。未知の世界の扉をあけるわけですから長期間学ぶ覚悟とともに、未知の世界に飛び込むという心構えも必要となります。

　法を学ぶためには長期間が必要であるということは、実は、法を学ぶことの本質的な内容であります。多様な利害が絡み合えば絡み合う社会ほど、社会が多様な価値観を重んずれば重んずるほど、法律も多様になり重層的になり、複雑なものになります。一方で、法律全体は、目的や機能の異なる多様なものを極めて秩序だった整合性のある膨大な体系としています。これらの厚い層となった目的や機能の異なる秩序だった多様な法律を学ぶわけですから、3年間あるいは4年間の勉学が最低限必要となるのは当然のことと言えます。ましてや、現在ある法は、直線的ではなくは行的に進んできた歴史の時間軸を辿ることによって始めて理解され得る性格のものでもあります。どうしても、長期の学ぶ期間が必要となります。

　また、法を学ぶことは、理解がなかなか得られないまま何回も法律書の同じ箇所を読んだり、読み易いとは決して言えないいくつもの法律の条文を行きつ戻りつ比較、対象したり、興奮を伴うことの少ない事実を拾いながら判例の変遷の流れを追ったり、といった、地道な、着実な根気のいる作業をこなしていくことが求められます。

　このように、法を学ぶということは、長い期間の勉学を必要とするとともに、地道に着実に根気強く学ぶという過程によって法的思考力を磨くことになります。そのためには、相当の覚悟が必要であることは、これから法を学ぶ皆さんにも十分理解していただけるものと思います。

　法を学ぶことが長期間の勉学と地道な根気強さを求めるということは、法が、天才的なひらめきを要求するものではないことを意味します。法を学ぶことは、ひらめきによって補助線を一本思いつけばあっという間に法的問題が解決できるといった類のものではありません。また、法を学ぶことが長期間の勉学と地道な根気強さを求めるということは、法を学ぶことに近道はないことを意味します。短期間で効率的に法を学ぶことはできないことを意味します。法曹となるためには、決して天才的才能や瞬発力が必要なのではありません。

　更に、法曹となるためには、法律や文献の調査のためにあるいは事実を調べるために図書館等へ足を運び、こまめにメモをとるために手を使うといった手間隙を厭わない努力が必要となります。

　このように、法を学ぶためには、愚直で地道な根気強い長期間の勉学に耐える能力と、手足を使う労を惜しまない努力が必要であることを覚悟することが法曹への道の第一歩であります。
法曹は、法的思考力によって人や組織の悩みや苦境を支える役割を担います。法的思考力によって人を支え、社会を支えるわけですから、法曹を目指す皆さんが法を深く学び法的思考力を鍛え、磨くための努力をするのは当然のことです。鍛え抜かれ、磨かれた法的思考能力が優れた法曹の証しです。そのために、３年間あるいは４年間継続して地道に根気よく学び続けることは不可欠です。

　法科大学院は、法の支配を目指した司法制度改革の重要な構成要素であり、法の質と量は、法を担う法曹の質と量とに依存します。法科大学院で学ぶ皆さんが法を真剣に学ばなければならないことは自明のことであります。この自明さを入学にあたって深く自覚し覚悟することを皆さんにお願いして、私の学長告辞とします。


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         <link>http://www.omiyalaw.ac.jp/blog/archives /2008/04/post_10.html</link>
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         <category>学内行事</category>
         <pubDate>Thu, 03 Apr 2008 13:34:47 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>教員リレーエッセイ（１）－「弁護士の就職と転職」</title>
         <description>弁護士の就職と転職


副学長／教授　北　沢　義　博


　書店で、「弁護士の就職と転職（西田章著）」という本が目に付いた。買うほどのも
のではない、と思いつつ、買ってしまった。このような本のニーズがあるようになっ
て情けない、と思う反面、やっと弁護士も、まともな職業として認知されたか、とも
感じた。西田氏は、51期の弁護士で、長島・大野法律事務所に勤務した経験もあり、
現在は弁護士のヘッドハンティングを業としているだけあって、若手弁護士の就職状
況の分析としては、かなり的を得ている。


　弁護士の就職問題といえば、この前の日弁連会長選挙において、「弁護士の就職
難」を前提として、司法試験の合格者増加に反対する候補が「善戦」したことが記憶
に新しい。


　弁護士が「就職する」とは、一体どういうことなのだろうか。また、就職難になる
から、弁護士の数は増やさない方がいいのだろうか。対立候補にやっと勝った、宮崎
新会長も、適正な法曹人口について検討するらしい。しかし、適正な法曹人口とか、
弁護士の数は算定できるものなのだろうか。私を含め、日本人はラーメンが大好きで
あるが、日本人が美味しいラーメンを食べるためには、ラーメン店の数は、どれくら
いが適正か、という議論はしない。ラーメン業界と弁護士業界を同一に論ずることが
適切かどうかさておき、弁護士が広い分野で仕事をすることを目指して司法試験合格
者を増やしてきたのであるから、修習生が従来のように法律事務所に就職できないこ
とを理由に、司法試験合格者を増やすな、減らせ、というのは絶対におかしい。


　「弁護士が生活に困ると不祥事に走る」などというような情けない議論は、放って
おいても淘汰されるであろう。確かに、年間500人合格の時代の我々は、弁護士を職
業として意識しないですんだ、よい時代でもあった。


　弁護士に「就職・転職」という概念はふさわしくない。弁護士として、どのような
場所・環境を選び、どのような仕事をするのかが問題なのである。古きよき時代を懐
かしむのではなく、若い人たちと一緒に、弁護士の働き場所を開拓していきたいもの
である。


以上
</description>
         <link>http://www.omiyalaw.ac.jp/blog/archives /2008/03/post_11.html</link>
         <guid>http://www.omiyalaw.ac.jp/blog/archives /2008/03/post_11.html</guid>
         <category>教員リレーエッセイ</category>
         <pubDate>Fri, 21 Mar 2008 09:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>第４回（２００７年度）入学式学長告辞</title>
         <description><![CDATA[<img height="150" alt=" " src="http://www.omiyalaw.ac.jp/blog/images/P1010953.jpg" width="200" align="left" />
&nbsp;私は、大宮法科大学院大学を代表して皆さんの入学を心から歓迎します。本学は、今年で４回目の入学式を迎えることとなりました。つい先日、皆さん方の先輩であります第１期生の学位授与式が行われまして最初の入学生が本学を巣立っていきました。　これから法曹になるために、皆さんに本学で3年間、４年制コースの場合には4年間学んでいただくことになります。この期間は決して長い期間ではありません。むしろ短い期間といっていいでしよう。この３年間あるいは4年間という短い期間で司法試験に合格することは勿論のこととして立派な法曹になる素地、土台を確実なものとしなければなりません。皆さん、蟻とキリギリスというイソップの寓話をご存知でしようが、キリギリスのいない国では蟻と蝉になるようですが、皆さんは法曹を目指すという目標を定めた以上、本学在学中は、キリギリスや蝉ではなく蟻のように自らの将来のためにひたすら真剣に法律を学んでいただきたいと思います。　]]></description>
         <link>http://www.omiyalaw.ac.jp/blog/archives /2007/04/post_5.html</link>
         <guid>http://www.omiyalaw.ac.jp/blog/archives /2007/04/post_5.html</guid>
         <category>学内行事</category>
         <pubDate>Thu, 05 Apr 2007 16:46:11 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>「学生刑事記録閲覧問題についての新聞報道」に対するコメント</title>
         <description><![CDATA[　2006年11月４日付ジャパンタイムズ、同５日付朝日新聞において、相次いで本学「刑事クリニック」に関する報道がなされました。この件に関し、本学クリニック・エクスターンシップカリキュラム運営の責任者として、コメント致します。<br>
<br>
　本学は、開学当初より、学生に対し、臨床法学教育について人的・物的に充実した学習環境を提供してきました。法科大学院が専門職養成の機関である以上、医師を始めとする他の専門職と同様に、学生に臨床の場を体験させながら法実務を学ばせることは、「良き専門職」を養成する重要な方策であると共に、司法制度改革審議会意見書の提言する「理論と実務の架橋」を高度に実現する教育手法と考えたからです。<br>
<br>
　今回の新聞報道では必ずしも明確ではありませんが、本学学生が「刑事クリニック」を履修するには、本学がさいたま地方検察庁宛に提出した「要請書」(*)で述べたように、厳しい前提条件があり、守秘の措置については、現在の司法修習生以上の、万全を期しています。<br>
<br>
　臨床法学教育は、今日、アメリカ合衆国のみならず、カナダ、英国、ポーランド、中国等、世界中の法曹養成教育において採用されています。そして、わが国においても、司法修習生の実務修習期間が短縮されたことをも踏まえれば、従来司法修習が担ってきた実務修習は法科大学院における臨床法学教育に移行させていかなければ、学生に対し充分な実務教育を行い得ず、国民・社会に対して、われわれは法曹養成を担う者としての責任を果たすことはできないというべきです。<br>
<br>
　検察庁が現在の硬直した対応を見直され、臨床法学教育発展のため、そして21世紀の司法を支える法曹養成のために、共に手を携える時が一刻も早く訪れることを願っています。<br>
<br>
<strong>＜最後に、本学学生及び本学入学を目指す皆さんへ＞</strong><br>
　検察庁の現在の対応が続く限り、当初想定した理想的な刑事クリニック教育に支障が生じ続けることは否めません。しかし、刑事クリニックを履修しようとの意欲ある学生の皆さんを失望させることは決してない、ということをお約束します。刑事クリニック担当教員は、今ある環境の中で、知恵と工夫を凝らし、最大限の教育サービスを提供する覚悟です。どんな困難に遭遇しても決して諦めない、実は、それが最も大切な「刑事弁護の精神」ですから。この件で、履修や入学を躊躇することは無用です。 <br>
<br>
<strong>2006年11月７日本学クリニック・エクスターンシップ委員会　委員長　教授・弁護士　萩原　猛</strong><br />
<br>
(*)参考資料:<a href="http://www.omiyalaw.ac.jp/blog/archives /youseisho.pdf">さいたま地方検察庁宛要請書</a>(PDF)<br>]]></description>
         <link>http://www.omiyalaw.ac.jp/blog/archives /2006/11/post_7.html</link>
         <guid>http://www.omiyalaw.ac.jp/blog/archives /2006/11/post_7.html</guid>
         <category>クリニック活動報告</category>
         <pubDate>Tue, 07 Nov 2006 13:38:12 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>「セクシュアル・ハラスメント」を禁止しようとしている日米両国の最近の展開</title>
         <description><![CDATA[
<p>
<img height="267" alt=" " src="http://www.omiyalaw.ac.jp/blog/images/PICT0006.jpg" width="200" align="left" />
6/2(金)夜、テンプル大学ロースクールのバリー･マッカーシー教授を本学に招き、アメリカ合衆国の職場におけるセクシャル・ハラスメントに関連する法律・判例のお話しを伺いました。本学の宮澤節生教授が通訳を担当されました。
</p>
<p>
　合衆国連邦議会は、アメリカ社会における差別をなくすことを目的として、1964年に「市民的権利に関する法律」（Civil Rights Act of 1964）という画期的な法律を可決しました。この法律では、人種、宗教、肌の色、出身国、あるいは性別によるあらゆる形態の差別が禁止されています。この法律の第7章（タイトル･セブン）は、雇用における差別を禁止しています。
</p>
<p>
　まず、マッカーシー教授はタイトルセブンの起源をたどりました。1950年代と60年代の市民権運動は、1963年のケネディ暗殺事件により拍車がかかり、ジョンソン大統領を奮起させました。議会は主として南部諸州における人種差別に関心を持っていましたが、「性」による差別については、この法案に反対していた議員が廃案にするために後から付け加えられたものだそうです。しかしこの思惑は失敗し、翌年「Civil Rights Act」は、可決されました。
</p>
<p>
　1976年の画期的な判決においてはじめて、タイトル・セブンは「セクシャル･ハラスメント」を禁止しているという解釈がなされました。それ以来、数多くのセクシャル･ハラスメント訴訟が、タイトル･セブンを根拠に提起され、その結果、多岐にわたる争点について裁判例が出されています。
</p>
]]></description>
         <link>http://www.omiyalaw.ac.jp/blog/archives /2006/07/post_6.html</link>
         <guid>http://www.omiyalaw.ac.jp/blog/archives /2006/07/post_6.html</guid>
         <category>国際交流</category>
         <pubDate>Mon, 03 Jul 2006 10:44:13 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>学内刑事クリニックを履修して（学生の感想（３名より））</title>
         <description><![CDATA[
<p>
【学内刑事クリニックを履修して】感想１
</p>
<p>
１．履修前の期待と実際<br />
履修前、クリニックに期待していたのは、「実際の事件に触れて、弁護士の生の活動を体験すること」でした。
<img height="200" alt=" " src="http://www.omiyalaw.ac.jp/blog/images/blog_clinic_0627_IMG_0110.JPG" width="267" align="right" />
一方で、クリニック活動自体が刑法や刑事訴訟法の(とりわけ司法試験を意識した)勉強の役に立つかどうかについては、あまり期待していませんでした(期待して裏切られても嫌なので)。特に、刑法については、教科書に書かれているような、言い方は悪いですが「ありそうもない事態を想定した理論的な議論」が、実際の事件で問題になるとはとても思えませんでした。
</p>
<p>
実際にやってみると、「実際の事件に触れて、弁護士の生の活動を体験すること」は当然期待通り(かそれ以上)に満足されましたし、刑事実体法・手続法の学習にとても役に立つことがわかりました。どのように役に立ったか、以下に整理してみます。
</p>
<p>
(1) 条文や基本書を読む。
</p>
<p>
先生がリードして下さったこともありますが、事件に対する対応を検討するにあたって、条文や基本書を自然に読むようになりました。<br />
実際の事件では、事件の進展状態に応じて、「今、何をしなければならないか」ということがあり、多くの場合、それは法律の規定に従って手続を踏む必要がありますので、どのように手続が規定されているかを知らなければなりません。そこで、ごく自然に六法を開いて条文を探し、その条文がどのように理解されているのかをコンメンタールで確認し、その手続の周辺にどのような議論がされているかを基本書でチェックする、という習慣がつきました。<br />
実体法についても、依頼人たる被疑者・被告人の利益を最大限に図るためには、裁判所にしてもらいたい認定がなされるように、実体法上の構成を考えなければなりませんので、同じように六法、コンメ、基本書を開くようになりました。<br />
実体法・手続法のどちらにも言えることですが、裁判所がどう処理するかを無視しては被疑者・被告人の利益は図れませんので、判例・実務がどうなっているかも当然に調べるようになりました。
</p>
<p>
(2) 事実に着目する。
</p>
<p>
事件に取り組む場合、捜査機関の収集した資料への依存がどうしても多くなります。また、被疑者・被告人から話しを聞こうにも、身体拘束されている場合(ほとんどの場合がそうですが)、ロー生は秘密接見を認めてもらえない実務となってしまっているため、先生が秘密接見した内容を聞くしかなく、被疑者・被告人の生の声を聞くことはできません。そこで、調書を読んだり、先生からの話しを聞いて、どのような事案なのかを自分の中でイメージしていくことになりますが、この作業は、司法試験で求められる「事例を読んで問題に取り組む」ことと重なり合うものだと思います。しかも、試験と実際の事件とでは、不必要な情報が混在している比率がまったく違いますし、事件では解答が存在するように作られているわけでもなく、ヒントが隠されているということもありません。そこで、調書等を読んで「何かないか」と考えていくことになり、些細な記述にも注意を向けるように訓練されていきました。
</p>
<p>
(3) 根拠づけ・主張の構成を考え、文章化する。
</p>
<p>
事件では、「被疑者・被告人の身体拘束を解く」とか「被疑者が不起訴になるようにする」とか「被告人が無罪に、それが無理なら執行猶予に、それも無理ならできるだけ軽い刑に、なるようにする」といった弁護活動の目的の達成に向けて、いろいろは手段を考えますが、いずれにしてもその根拠をきちんと示し、論理的な主張が構成できるようにしなければなりません。この作業は試験問題への向き合い方と共通する部分が多いと思います。試験で「罪責について事実を示して論ぜよ」と問われるようなケースは典型的ですが、事件ではまさにそれを実践し、申立書や弁論の起案をすることで実際に文章に起こしますので、かなりの訓練になったと思います。
</p>
<p>
２．履修の負荷・面白さ
</p>
<p align="left">
履修の負荷は、一週あたり「セミナー２時間、その他６時間」ですが、セミナーは土曜の１限に出席することで満たされますし、扱っている事件が公判となれば、公判の傍聴とその後のミーティングで１時間や２時間はすぐに充足しますし、さまざまな書面の起案と、その起案をするための記録読みや基本書チェック等を必然的にしますので、自然に上記時間要件は満たしてしまいます。<br />
そうした活動が「大変か」という点ですが、「自然に」と書いたとおり、負荷がきついと感じたことはありませんでした。先生も、各学生が異なる事情を抱えていることに相当の配慮をして下さいますし、先に書いたとおり、活動自体が司法試験の勉強の役に立ちますので、負荷の心配は不要だと思います。<br />
面白いか、という点については、自信を持って「然り」とお答えできます。弁護士になろうというのですから、クリニック活動が面白いと思えないようなことはあり得ないと思います。
</p>
<p align="right">
（牛木純郎）夜間主３年<br />
</p>
]]></description>
         <link>http://www.omiyalaw.ac.jp/blog/archives /2006/06/post_4.html</link>
         <guid>http://www.omiyalaw.ac.jp/blog/archives /2006/06/post_4.html</guid>
         <category>クリニック活動報告</category>
         <pubDate>Tue, 27 Jun 2006 10:25:49 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>最高裁判所訪問　2006年3月27日（火）</title>
         <description><![CDATA[<p>
<img height="200" alt="blog_news.JPG" src="http://www.omiyalaw.ac.jp/blog/archives%20/blog_news.JPG" width="300" />
桜がほころび始めた3月末の昼下がり，本学北沢先生ご引率ものと，新3年生23名が最高裁を訪問いたしました。白亜の城砦といった外観の最高裁に立ち入るのは初めてという学生も多く，筆者も思わず背筋が伸びる思いがしました。<br />
まず最初は，第三小法廷にて裁判傍聴です。絨毯の敷詰められた傍聴席は薄暗い一方，一段高い位置の裁判官席はスポットライトに照らされています。そこへおもむろに中央の威厳のある扉が開き，4名の判事が登場しました。後にお話を伺う予定の濱田判事もおられます。報道機関による撮影の後，とある損害賠償請求事件の判決言渡しが始まりました。途中2度の閉廷を経て，最後の６つめの事件においては，民事弁論が行われました。これは賃金支払請求事件であり，被上告代理人が答弁書の趣旨を陳述したものです。最高裁にしてはめずらしく，20分以上の長い民事弁論でした。（ちなみに，最初の５つの判決言渡しはそれぞれ数分程度です。）我々学生は，その事件の背景詳細は知らなかったものの，代理人弁護士の先生の熱意あふれる弁論から，何が争点なのかを聞き取らんとすべく，じっと耳を傾けておりました。
</p>
]]></description>
         <link>http://www.omiyalaw.ac.jp/blog/archives /2006/05/2006327.html</link>
         <guid>http://www.omiyalaw.ac.jp/blog/archives /2006/05/2006327.html</guid>
         <category>ニューズレター(学生報告）</category>
         <pubDate>Fri, 26 May 2006 12:58:33 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>本学最初のエクスターンシップ（第１期生）が実施されました</title>
         <description><![CDATA[
<p align="left">
第１期生対象の本学初回のエクスターンシップが平成１８年１月～３月の間に実施されました。１７名の学生が１０カ所の法律事務所、企業法務部、ＮＧＯ団体でエクスターンシップを履修しました。
</p>
]]></description>
         <link>http://www.omiyalaw.ac.jp/blog/archives /2006/05/post_2.html</link>
         <guid>http://www.omiyalaw.ac.jp/blog/archives /2006/05/post_2.html</guid>
         <category>エクスターンシップ活動報告</category>
         <pubDate>Wed, 24 May 2006 15:04:21 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ニューズレター（第15号）</title>
         <description><![CDATA[
<div align="center">
<strong>
<table style="height: 40px" width="357" >
<tbody><tr><td align="center">&nbsp;
<img height="150" alt="060426-1.jpg" src="http://www.omiyalaw.ac.jp/blog/archives%20/060426-1.jpg" width="202" />
</td><td align="center">&nbsp;
<img height="150" alt="060426-2.jpg" src="http://www.omiyalaw.ac.jp/blog/archives%20/060426-2.jpg" width="200" />
</td></tr></tbody>
</table>
</strong><strong><strong><span style="font-size: large">根津八紘医師による生殖医療問題についての学内講演</span></strong>&nbsp;<br />
</strong>
</div>
<p>
４月２６日（水）に実施された「医療と法」の授業（釘澤知雄教授担当）のゲストスピーカーとして，諏訪マタニティクリニック院長の根津八紘医師をお招きし、生殖医療問題について講演をしていただきました。　根津医師は、減胎手術、非配偶者間体外受精、代理母を実施し、あえて事実を公表をし、生殖補助医療問題に一石を投じた産婦人科医であり、生殖補助医療におけるパ イオニア的存在の方です。　当日は，学内公開授業としたところ，５限目（午後９時１５分始業－午後１０時５５分終業）にもかかわらず、４０名近い学生が参加しました。同医師は、多数の学生を前に，挑戦的な講演を展開され，後半の質疑応答部分では、 医師の学生から，学会の承認等についての質問や意見が出されるなど、議論が大いに盛り上がりました。
</p>
<p>
<span style="font-size: medium"><span style="color: #0000ff">（釘澤教授のコメント）</span>　</span>「根津医師は，終了時間を過ぎても積極的に質問に答えるので、朝まで討論になるのではないかと，びくびくしていた。本校の特色（他学部出身者や社会人が多数いることなど）をご説明したところ，同医師からは、『色々な勉強をしてきた人や色々な社会経験を持った人たちが一緒になって切磋琢磨すれば、バランス感覚を持った法曹が出来上がるのではないか。医学部もそのようにあって欲しい』との感想を頂いた。」
</p>
<p>
<span style="color: #0000ff">【当日の講演資料】</span>根津医師のご厚意により，当日配布された<a href="http://www.omiyalaw.ac.jp/omiyanl/documents/nezu.pdf" target="_blank"><span style="color: #ff0000">講演資料</span></a>を公開いたします（ＰＤＦ形式）。<br />
</p>
]]></description>
         <link>http://www.omiyalaw.ac.jp/blog/archives /2006/05/post_3.html</link>
         <guid>http://www.omiyalaw.ac.jp/blog/archives /2006/05/post_3.html</guid>
         <category>過去のニューズレター</category>
         <pubDate>Wed, 24 May 2006 14:00:52 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ニューズレター（第14号）</title>
         <description><![CDATA[
<h1>平成１８年度　大宮法科大学院大学　入学式</h1>
<p>
第３回入学式が４月２日（日）大宮法科大学院大学記念講堂で行われました
</p>
<p>
&nbsp;
</p>
<p>
<table width="400" cellspacing="0" cellpadding="10" align="center">
<tbody><tr><td>&nbsp;
<img width="200" height="150" title="大宮法科大学院大学　入学式" alt="大宮法科大学院大学　入学式" src="http://www.omiyalaw.ac.jp/blog/archives%20/news14_01.jpg" />
</td><td>&nbsp;
<img title="平成１８年度　大宮法科大学院大学　入学式" alt="平成１８年度　大宮法科大学院大学　入学式" src="http://www.omiyalaw.ac.jp/blog/archives%20/news14_02.jpg" />
</td></tr></tbody>
</table>
</p>
<p>
&nbsp;<span class="style3">昼間主コース43名夜間主コース４６名の計８９名の３期生を迎え、新入生を代表して神長裕さん（36）が「法 科大学院には、司法制度改革の柱として、これからの司法を担うに足る、これまでに無い資質を備えた法曹の育成が期待されています。」と自らに意識を高め、 「意志の力を信じ、前に進み続けることを固い決意とした今日の思いを忘れないことを約束し」と結んで宣誓、３年後の新司法試験へ向けスタートをした。</span>
</p>
<p>
&nbsp;
</p>
<p>
&nbsp;
</p>
]]></description>
         <link>http://www.omiyalaw.ac.jp/blog/archives /2006/05/13_1.html</link>
         <guid>http://www.omiyalaw.ac.jp/blog/archives /2006/05/13_1.html</guid>
         <category>過去のニューズレター</category>
         <pubDate>Mon, 22 May 2006 17:30:50 +0900</pubDate>
      </item>
      
   </channel>
</rss>

